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日本戦略研究所


 北朝鮮拉致に関与した八尾 恵

2002/03/29 (産経新聞朝刊) 産経抄( 3/29)

 有本恵子さんの北朝鮮拉致に関与した元スナック店主・八尾恵証人(四六)の供述には、思わずどきりとさせられてしまう。英国留学中の有本さんばかりか、自衛隊工作のため防衛大学校入学をめざす高校生もねらっていたという。

 北朝鮮の指令はモールス信号できていたそうだ。

スパイ小説そのものだが、供述が事実なら「拉致疑惑日本人救援議員同盟」の中山正暉前会長のような見方ははっきり間違っている。

それはともかく、八尾さんは保育士の専門学校生のころから主体(チュチェ)思想にしびれ、北朝鮮に渡った。

 むりもない、北の主体思想にかぶれ、その宣伝役を務めた高名なジャーナリストもいたのだから。

八尾さんは「よど号」犯と結婚し子供二人を生んだが、昭和六十三年、小紙は彼女が「北朝鮮工作員と接触」という報道で苦汁をなめさせられた。

八尾さんは「虚偽の記事内容で名誉を傷つけられた」と訴訟をおこし、一審の横浜地裁は小紙に百十万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

平成七年十月、控訴中に和解が成立、八尾さんは請求を放棄、小紙は「おわび」を掲載するはめになった。

小紙が和解に応じたのは、新聞記者の倫理としてニュース源を秘匿せねばならなかったからである。

しかしその後、いかなる心境の変化があったのか、八尾さんは有本さんの拉致関与を供述し、いままた自衛隊工作を告白した。小紙の報道が正しかったことを自ら明らかにしたのだった。

 八尾さんはいま代理人弁護士を通じ「北朝鮮にいる方々が無事日本に帰国できるよう、すべてを明らかにする」と語っている。それにしても真実を見ぬけなかったあの裁判は、一体なんだったのか。

いささかの感慨を覚えないではいられない。



2002/03/28 (産経新聞朝刊)

有本さん拉致 八尾証人、誘い受け「北」へ主体思想学習で “結婚勧告”無視できず…/「その後マインドコントロール」 ( 3/28)

元神戸市外大生、有本恵子さん=当時(二三)=の北朝鮮への拉致に関与したと警視庁に供述し、

今月十二日に続き二十七日も東京地裁で証言に立った元スナック店主、八尾恵証人(四六)。
高校卒業後、保育士の専門学校に通い、そのころから、北朝鮮の映画を見たり、

主体(チュチェ)思想を学習する会に参加したりするようになったという。

その軌跡を追った。



 八尾証人は、学習会で知り合った在日朝鮮人の活動家に「共和国(北朝鮮)を見学し、

社会主義を勉強してみないか」と誘われ、短期留学のつもりで昭和五十二年二月、北朝鮮に渡った。

 平壌郊外の「一軒家」での学習の日々。

一カ月半が過ぎたころ、八尾証人についた指導員は

「革命は後継者をつくって代を継いで行うものだから、結婚して革命を目指すべきだ」といった。  

一度も会ったことのない男性との結婚を当初は拒んだが、

約二週間にわたる指導員の“結婚勧告”を無視することはできず、

男との面会に応じた。

その相手は「よど号」乗っ取り犯の当時十六歳だった最年少メンバー(四八)=昭和六十三年、日本で逮捕され、刑期を終え釈放=だった。

八尾証人はこの男と結婚し、日本革命村で生活。二人の子供を産んだ。

 その後も続いた主体思想の学習で、八尾証人は「マインドコントロールを受けるようになった」という。  北朝鮮−よど号犯らの指示で欧州などに出国し、

「北朝鮮に拉致した日本人男性と結婚させるため」に、日本人女性に接触した。

有本さんもその一人で、八尾証人は昭和五十八年、有本さんを北朝鮮工作員らに引き渡したとされる。  

五十九年七月、よど号犯らの指示でフランクフルト経由で日本に帰国。

その後、神奈川県横須賀市でカフェバー「夢見波」を経営する。

神奈川県警は他人名義で住民登録していたとして公正証書原本不実記載などの容疑で八尾証人を逮捕したが、罰金五万円の略式命令で釈放となった。

 八尾証人はその際、北朝鮮と八尾さんを結びつける報道に対しマスコミ各社を相手取り訴訟を起こしたが、後に「真実ではないことを語り、ご迷惑をおかけしました」と謝罪した。

 最近になって八尾証人は警視庁に有本さんの拉致への関与を供述。これまでの捜査にこの証言が加わり、警察庁は有本さんのケースを北朝鮮による日本人拉致容疑八件目に加えた。  

 

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